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2010年5月

アートとサイエンス

  アート(美術)とサイエンス(自然科学)について少し書きます。 O・学兄のことを書いた、言い訳の続きですけど。

 アートとサイエンスは両極端のように捉えられています。 最近脳科学でも、いかにも、認識・知覚の分担領域が異なるとか言われますが~~
じつは、それほど両者に隔たりがあるとは思えません。

  先ず、自然科学の側で言うと、「不易性」が要請されます。 それぞれが、自分勝手に定義したコトバを使うと、科学の議論が成り立たないのはその通りです。 が、実は、自然に対するイメージは各人各様です。 自然の捉え方は個々別々なものだと、私は、思います。 サイエンティストそれぞれの 「感性」 に依存します。
  
それより大事なのは、科学(者)が常に 「真実」 を述べるか? という点です。  哲学的な、難しい 「真実/事実」 議論をさておき、科学者が自分が真実や真理を追究していると思ったら、奢りというものです。 自然現象を語る、共通のコトバを紡いでいる・構築しているということなのでしょう。

 「実験事実」 ってのは 「実験条件」 を充たした現象だけの集合体だということです。 自然現象をある 「実験条件」 で切り取った 「断面だけ」 を示しているのです。 ですから、個々の切り取り方に応じて、自然は違う顔を見せます。
  どう切り取るかの選択は、個々の 「感性」 に依存すると言いたいのです。
  「スイカは丸い (ほぼ完全に近い)球形 だ」 と言ったとしても、通常異議を唱える人はありません。 「かぼちゃは球形だ」 と言うと失笑を買います。 他方で、シルクロードの西方では、スイカは丸くはありません。
  スイカは四角い箱の中で育てると、四角(ほぼ立方体)に育ちます。

  私の表現力不足で上手く書けませんが;-
(自然)科学者10人に同じ答え(目標)を期待するのは多分間違いだと言うこと。
むしろ、科学者の側が 「同じ答えを探している」、「同じ答えに、早く、到達する『競争』をしている」 と勘違いしているところに危うさがあると言えます。 お叱りを受けることを承知で言えば、「超伝導現象」 の発現温度を引き上げる=常温に出来るだけ近いところで超伝導を起こす こと自体が目的になっているのではないか? ということです。

  某議員さんが 「『世界で一番』 のコンピュータがなければダメなのですか?!」 と叫んだのに、どんな答えを用意できているかと言うことです。

  いくつかの答えがあり得るでしょう;-
 1) 私の研究に障るから困る
 2) 外国に負けては情けない
 3)(よい成果が出ないと)あなたたちが困る
 4)環境問題に対処するため必要
 5)(あるかも知れない)宇宙人の攻撃に備えるため必要

さてさて

  ちょっと混乱してきました。 また整理し直します。

いきなり、アスリートに話題を振るのは卑怯かも知れないが、
「なぜ 『金』 じゃないといけないの?」
大きな国家予算を 『金メダル』 につぎ込まなければいけないの?  
    某議員予備軍さん!

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O・兄のこと

  O・兄のこと;-

勝手に、論評めいて書くことは、O・兄の本意でないことは承知で書きます。 ましてや、「『福神漬の桶みたいなものを覗いて』 40余年をコンピュータと共に過ごした男」 が、彼のこれまでの仕事を紹介するとは言語道断ですが、あえて書きます。

  太田三郎氏:美術作家です。
まず、一昨日 「三郎太」 氏 と書いたのは、O・兄の芸術仲間のニックネームなのだそうです。 勿論私はいっときたりともそのサロンに呼ばれたことはありませんが~~。 ローマ字表記が SaburoOta か SaburohOhta か知りませんが、それから来るのでしょう。

  作風について論評するものではありませんが、O・兄の作品群のキーワードを2つだけ挙げるとすれば、『種』 と 『切手』 だと思います。
  
『種』 は 『いのち』 であり、  『継承』 ・ 『つながり』 の表象と言えるのでしょう。 『切手』 は 『想い』 であり、 『展開』 ・ 『ひろがり』 の象徴なのでしょう。 サイエンスの言葉を使えば、『時間的な=てわたし』/『空間的な=はしわたし』 について、私たちに 『切り取って見せて呉れる』 わけです。
  ここで納得されては困ります。 再び、サイエンスの言葉で書くと、
   <O・兄の作品が理屈っぽいわけではありません。 私には、
         そのようにしか読み解けないだけです。

『時間』 と 『空間』 は入れ替わり得るものです。 『種』 はじっとしているわけではありません。 空間を移動することにより、時間軸の中で 『いのち』 の手渡しを確実にします。
『切手』 もまた時を経ることで、空間軸の中で 『想い』 の橋渡しを強めます。

  どうも、理屈っぽくて、いけませんねぇ~~

  あ、もひとつだけ、大賀蓮を図柄に選んだのは;-
三郎太さんの生まれ月は5月 (1950年) です。 大賀博士に依って発見され、1951年5月に播かれた三粒の種は、一粒だけが芽生えて、それが日本全国で育て継がれているのです。
  O・兄がこの蓮のことを意識して作品群の柱に据えられたのではなかろうし、蓮の種が一年前に生まれた男にテレパシーを送るために自身の再生に力を注いだのでもなかろうが、因縁話なのです。


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六角タイル

 平面を埋めつくす問題の単純で、それゆえ面白味に欠けるのが四角形タイルあるいはレンガ型(ドミノ型)です。

 自然界の蜂の巣や、蓮の実に学んで、人々は六角形で埋めることを覚えたのかも知れません。 この場合、正六角形は 究極の素子: 「円」 の代替物です。 正八角形では、埋めつくせない小さい正方形の隙間が出来るので、アラビア辺りでは、それをアクセントにしたデザインも考えました。

 今日は正六角形の話です。

Hexagonal_484_2

 平面を埋めることに話を進めます。

Hexagonal_968_4

 基本の正六角形 「7個」 で、「六角形もどき」 が出来上がりました。 ここで注目すべきは、六角形の 「対称軸」 が60度回転したことです。 この 「7個」 を新しい単位 (細胞) にして埋めつくすことが出来るでしょうか? 結論的には、YES で、この増殖は次々と 「上の階層」 に進むことが判ります。

 作業を続けようとして、困ったことが二つ起こります。 マッチ棒が足りない! ことと、机の面積がぁ~!
 さすれば、皆さんの想像力に頼りましょう。

Hexagonal_12

 おお危な!  どうやら、このまま進めば、「7個の正六角形もどき」 を単位として、次の 「更に大きな もどき」 が作れそうです。 また、対称軸は幾らか回転しましたね。

 昨日の記事で、『自己相似性』 と書きましたが、この 「正六角形7個」 の群は自己相似的な構造を作っていると言えるかも知れません。 数学的には面白い命題です。

 人類は、なぜか判らないが、ほとんど大多数が長方形の構造の中に棲みます。 円形の家あるいは部屋は、遊牧民のゲル(包=パオ)のように少数例です。 『正六角形のモチーフをつなぎ合わせた絨毯』 は、その意味では、役立ち難いのかも知れません。

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 更に上位の形を表示するのに、コインを使ってみました。

Hexagonalc2ex

最上位;-

Hexagonalc6ex
 家中のコインをかき集めたが、 この段階で何円でしょう?

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自己相似性

 昨日の続きです。 続きじゃなけど、続きです。
昨日のペントミノ素片の話の中で、大きな(3倍サイズの) 「T」 型のピースは基本サイズの9個のピースで構成されていました。 他の大きなピースについても同様です。 とりあえず 『(集団として)自己相似的』 と言えますね。

A100426sayotaisi_003_480

 面積が9倍ですから、12個の基本ピース総てが登場しないのは致し方ありません。 この例では、「9個が別種類 = 同じ基本ピースを2度使わない」 という縛りは付けてあります。
 12個の大きいピースの集団を作り上げたとき、(9X12の基本ピースの集合ですが) 各々の基本ピースが9回ずつ登場するセットが出来るかどうか? は一つの命題ですが、<私は>確かめていません。 それが完成したら、『(集団として)完全に・自己相似的』 と言えるのかも知れません。

Tetra_pent00w230
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 2倍サイズのピースはできるのか? という命題は、まだ確かめていませんが、多くの基本ピースが大元の正方形素片で3倍幅を持っているので登場機会が乏しく、役者の数が限られて、面白味はないでしょう。

 4倍サイズに関しては、16個の基本ピースの集合で構成されるので、「12種類+追加の4種類」 で作ることは問題なく可能だと推測されます。 4倍サイズ12種のフルセット (192個の基本ピース) が基本ピース総てが16回ずつ登場して完成できることは可能だと推測できます。

 6倍サイズの大型ピースの各々が、12種の基本ピースを3回ずつ登場させて完成できるのは、多分間違いありません。 『完全な・ 自己相似性』 に到達できたと言えます。

 面白味が少ないのは、5倍サイズです。 つまり、どの大ピースでも、「I」型基本ピースだけで、敷き詰められるからです。

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 さて、例えば 「W」 型の大きなピースを基本の 「W」 型だけで埋めつくすことは可能なのでしょうか? 不可能なことは直ぐ分ります。 条件を緩めて、大きいいピースの周辺ラインが完全な直線であることを諦めて、切手のミシン穴みたいに、凹部あるいは凸部が残ることを許したらどうなるでしょう?

 この最後の話題は、「蜂の巣タイル=正六角形」 ということで、明日続きを書きます。

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ぺんとじぐ 72

 「ぺんとじぐ」 の作品について、畏敬する作家・Oさんの還暦祝いに、72ぴーすのものを創ってみました。

A100426sayotaisi_001_480_2

 詳しい種明かしをするのはこの記事の本意ではありません。 「72Pではないじゃん! 8Pの『お子様バージョン』 じゃん!?」 と言われると思います。 裏面を見てください。

A100426sayotaisi_003_480_2

 線に沿って、全部切り離すと、72ピースになります。

 チェックの付けてある、小さい12P (ワンセット) を外した 60P で、還暦のお祝いになっているのです。 最初から 60P の矩形を満たす構成もできますが、それでは、現役バリバリの作家に、『60P で 完成!』 を言い渡すことになります。 余白部分はこれから、新しい色で、埋めて頂きたいからです。
 それと、僭越な言い分ですが、わたし72歳です。 O兄に対して威張れる部分ありとすれば、年齢と理屈詰めの人生だけなのです。

 チェックをつけた 12P はワンセットですから、それはそれだけで小さい矩形を埋めることができます。 チェックを付けた 12P は脇において、12P ワンセットの小さい図柄を用意します。

 小さい矩形の出来上がりを示します。

Saburohtapent_2_480jpg_2
 なぜ、この絵柄なのかは O氏のことを説明すればわかりますが、今日の趣意ではありません。
 ついでに、この12ピースはリバーシブルに作り込んであって、裏返して組み直すと、下の絵柄が出来上がります。 

Saburohtapent_5_480

                          おお~ コッパズカシィ!

 「リバーシブル」 とは、私の勝手な命名で、この図柄をそのまま裏返したのでは裏面は絵になりません。 組み替えて、初めて絵になる仕掛けなのです。

 戯言まぶれですが、O-兄に心よりの祝意を述べます。 それと感謝の言葉を。

   
<5/11 O・兄のこと 書きました> クリック  

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